模擬裁判という学びの場
 7月末、千葉県弁護士会主催の中学生向け模擬裁判が開催されました。定員の倍以上の応募が集まる人気イベントで、今回は架空の刑事事件を題材に、生徒たちが裁判官役として「有罪か無罪か」の判断に挑みました。
 模擬裁判終了後、「難しかったですか?」と聞くと、半数以上の生徒が手を挙げました。それもそのはず。生徒たちは、自分が直接見聞きしていない事実について判断を迫られ、しかもテストのように「正解」が用意されているわけではありません。それでも、生徒のみなさんは「自分たちが正しいと思う」結論を導き出す必要がありました。

視点を変えると見えるものが変わる
 模擬裁判では、検察官がこう主張しました。「被告人が『被害者の財布は川原にある』と話し、その場所から実際に財布が見つかった。これは被告人が犯人でなければ知り得ない情報だ。」と。検察側の主張だけを聞いていれば、被告人が犯人だとすぐに結論づけてしまったかもしれません。
しかし、弁護人はこう反論します。「被告人がそのように供述したのは、財布が実際に発見された後である。そして、被告人は、10時間以上に及ぶ連日の取り調べの中で、警察官の誘導によってその場所を話した可能性がある。」と。仮にこの主張が正しければ、また違った面が見えてきます。ある出来事も、視点を変えたり、他のことと合わせて考えたりすることで見えるものが大きく変わる。それを実感できたことは、生徒たちにとって貴重な学びとなったはずです。

議論の中で得られる新たな視点
 生徒たちはグループに分かれ、互いの意見を聞き合いながら議論を重ねていました。他の人の考えに触れ、「そんな見方もあるのか」と新しい視点を得る場面も多く見られました。また、自分の考えを言葉にして伝えることの難しさを感じながらも、議論を重ねる中で思考が整理されていく様子も印象的でした。
 自分と異なる意見に出会ったとき、相手を「間違っている」と決めつけてしまうことがあります。とくに顔が見えないネット上では、意見の違いが「対立」となり、相手の考えだけではなく相手自体を非難する場面も見られます。しかし、本来の議論とは、異なる考えを持つ者同士が、お互いの立場を理解し、よりよい結論を探るプロセスのこと。「論破」とは似て非なるものです。

選挙もまた「正解」のない問い
 模擬裁判を開催した1週間前には、参議院議員選挙が行われました。日本では、家庭や友人の間で政治の話を避ける傾向があると言われます。その背景には、意見の違いによって雰囲気が悪くなるのを避けたいという「空気を読む」心理があるのかもしれません。
 しかし、選挙もまた「正解」のない問いに向き合い、自分の結論を出さなければならない場面です。候補者や政党の主張をどう評価するかは人によって異なり、絶対的な正解があるわけではありません。それでも、一人ひとりが自分の考えで判断し、投票という行動に結びつけることが求められます。
 また、選挙結果が出ると、どうしても「どの主張が多くの票を集めたか」に目が向きがちですが、さまざまな立場や意見が出されることではじめて、私たちはより深く考え、より良い方法を探ることができるという視点が重要です。
 模擬裁判を通して生徒たちが身につけたのは、「人によって見方や考え方が違うのは当たり前」「意見を出し合えば考えが深まる」「意見が違っても、対立せずに対話できる」という、民主主義においてとても大切な姿勢です。これは、「空気を読む」こととは異なる、能動的な関わり方です。

主権者となる未来へ
 今回の模擬裁判に参加した中学生も、あと5年もすれば選挙権を持ち、主権者として社会を担っていくことになります。模擬裁判終了後、「難しかったですか?」に続いて「楽しかったですか?」と聞くと、ほとんどの生徒が手を挙げてくれたことが、大変心強く感じられました。
 模擬裁判で得た気づきが、生徒の皆さん一人ひとりの「正解」のない問いへの向き合い方の土台となり、これからの人生におけるさまざまな選択の場面でも活かされていくことを願っています。
 当事務所では、法の専門家として日々の業務に取り組むとともに、こうした法教育活動や地域貢献にも積極的に関わっています。公正で対話のある社会の実現に寄与できるよう、今後もさまざまな取り組みを続けてまいります。

(弁護士 長浜 有平)