アスベスト(石綿)をご存じでしょうか?みなさんのお宅や学校にも使われているかもしれません。
アスベストは繊維状の鉱物で、不燃性・耐熱性・断熱性・防音性・耐薬品性に優れ、曲げや引っ張りにも強いという特長を持っています。中でも一番の特長を一言で言えば、「燃えない」ということです。かぐや姫に登場する“火鼠の皮衣”はアスベスト布であるとも言われています。
アスベストはその優れた特長故に「奇跡の鉱物」として、高温等に耐えなければならない製品の原材料として使用されてきましたが、日本では輸入されたアスベストの8割前後が建築材料、つまり建材として使用されました。耐火性を強く求められる建材に、アスベストはもってこいだったからです。

ところがです。アスベストの粉じんは石綿肺、肺ガン、中皮腫(胸膜や腹膜にできる悪性腫瘍)といった恐ろしい病気の原因となるのです。アスベストで石綿肺になるということは戦前から知られていたのですが、1950年代半ばには肺ガン発症との因果関係が、1960年代半ばには中皮腫発症との関係が指摘されるようになりました。1972年にはILO(国際労働機関)やIARC(国際ガン研究機関)がアスベスト粉じんばく露と肺ガン・中皮腫発生との関連性を指摘し、その後、欧米諸国の石綿使用量は大幅に減少しました。

ところがです。日本のアスベスト輸入量は経済成長に伴って急激に増大し、1974年に352,110tの第1次ピークを、1988年に320,393tの第2次ピークを迎えました。日本がアスベストの輸入、販売、使用等を原則的に禁止したのは、何と2004年になってからでした。国も建材メーカーもアスベストの高い発ガン性を知りながら、アスベスト入り、いわば毒入りの建材を推奨し、せっせと売り続けたわけです。禁止があまりにも遅すぎたために大量に市場に出回ったアスベストを含有した石綿含有建材。その石綿含有建材で建物を建てたり、建物改修・解体工事をした建築職人さんたちの中に、石綿含有建材から出るアスベストの粉じんを大量に吸い込んで、石綿肺、肺ガン、中皮腫などの恐ろしい病気を発症し、亡くなる方が多く出てきました。現在、アスベスト関連疾患を発症する人の半数以上が建築職人さんです。アスベストの病気は、その粉じんを吸い込んでから20年~30年、場合によっては50年以上という長い期間を置いて発症するということが多いのです。現在でも多くの建築職人さんたちがアスベストの病気を発症していますが、長い潜伏期間を考えれば、これからが発症のピークということになります。

国の無策と建材メーカーの儲け主義の犠牲となり、石綿関連疾患を発症した建築職人さんたちが、国と建材メーカーを相手取って損害賠償を求めた裁判が建設アスベスト訴訟です。2008年5月に東京地裁に提訴してから9年が経過しました。現在、建設アスベスト訴訟は、東京高裁、福岡高裁、大阪高裁、札幌高裁、東京地裁、横浜地裁で争われています。今年10月27日には初めての高裁判決となる東京高裁判決が言い渡される予定です。その後も、来年にかけて続々と高裁判決が出る予定となっています。建設アスベスト訴訟はこれから大山場を迎えるわけです。

アスベストの問題は決して他人事ではありません。例えば、耐火・防音のために建物の鉄骨等に吹き付けられたアスベスト吹付け材。立体駐車場の天井や梁に何やら灰色っぽいモコモコした物質が吹き付けられているのを見たことはありませんか?それらの吹付け材にはアスベストが含まれていることが多く、しかも、劣化したり擦ったりするとアスベストの粉じんが飛び散ります。非常に危険な建材といえます。例えば、みなさんのお宅のスレート屋根や外壁のサイディング。台所や風呂場周りの内装板。それらにはアスベストが含まれていました。アスベスト使用が禁止された後に建てられたお宅は大丈夫ですが、使用禁止以前に建てられたお宅の建材は解体したり改修したりする際にアスベスト粉じんをまき散らす可能性があるのです。特に、未だ有効な治療法がなく致死率が極めて高い中皮腫は、アスベスト粉じんを少し吸い込んだだけでも発症する危険があると言われています。

そんな危険なアスベスト含有建材。吹付け材はさっさと除去してもらいたいですし、板材は解体・改修の時にアスベストが飛び散らないようにして欲しいですよね?しかし、現状、国の対策は十分でなく、特に解体・改修工事で発生する石綿粉じんは野放しに近い状態です。建設アスベスト訴訟は、アスベスト関連疾患を発症してしまった建築職人さんたちの権利救済を求める裁判ですが、同時に、多くのみなさんにアスベストの問題をお知らせし、今後国が適切なアスベスト対策を行うことを促し、アスベスト被害を根絶することを求める闘いでもあるのです。

(弁護士 宗みなえ)