去る5月19日、入管法(出入国管理及び難民認定法)の改正を政府・与党が断念したというニュースが大きく報じられました。
 この法案は、元々は2019年6月に、長期収容に抗議してハンガーストライキをしていたナイジェリアの方が飢餓死されたことを機に、長期収容を見直すためとして議論が始められたものでした。(2020年6月12日 藤吉弁護士のコラム参照

 ところが、政府・与党が提出した法案には、長期収容を防ぐ方策(収容期間の上限設定、収容判断への司法審査導入など)が欠けている一方で、申請が3回を超える難民申請者らの強制送還を可能にする条項が含まれているなど多くの問題がありました。長期収容を防ぐ方法がなく、「まずは収容」が前提となっている部分については国際人権規約の自由権規約に違反する可能性が、申請が3回を超えた場合に強制送還を可能とする条項については、迫害を受ける危険のある国へ送還してはならないとする「ノン・ルフールマンの原則」などに違反する可能性がそれぞれ指摘されていました。

 この法案の成立阻止に大きく影響したのが、スリランカ人の33歳の女性が、3月に名古屋の入管で死亡した事件でした。

 女性は、2017年6月に日本語学校への留学生として来日しました。しかし、同居していたスリランカ人男性からのDVなどの影響で学校を欠席しがちになり、学費も払えなくなって除籍処分となり、在留許可を取り消されてしまいました。DV被害に悩んだ女性は2020年8月、地元の交番に相談に行き、そこで「不法滞在」として逮捕され、名古屋の入管施設に収容されました。それからおよそ半年が経過した3月、女性は歩けないほど衰弱し、嘔吐のため面会中もバケツを手放せないような状態になって亡くなりました。この半年ほどの間、女性はどのような処遇を受けていたのか、どのような経過で亡くなってしまったのかが大きな謎になっています。

 入管法改正議論の最終盤、野党は女性死亡の真相究明を求め、収容していた部屋の映像開示を要求していました。ところが政府・与党は何か理由があってか、開示を拒み続けていました。当初は与党お得意の強行採決がなされるのではないかとの危機的な観測もありましたが、最終的には法案は取り下げられました。人命にかかわる問題で議論が続いたままの法案を強行するのは、秋の衆議院選挙や7月の東京都議会議員選挙を前に、大きなイメージダウンになりかねないと政府・与党が判断したとも報じられました。

 8月に入り、入管庁は収容していた部屋の映像を一部開示しました。2週間分の映像を2時間に編集し、遺族と通訳のみに見せ、代理人の弁護士には見せないというやり方でした。入管庁はまた、看守の勤務日誌や面会簿も「開示」しました。1万5113枚におよぶ文書の大半を黒塗りにし、意味のある内容を全く読み取れない形で交付するというやり方でした。

 他方で、入管庁は、「最終報告書」を公表し、名古屋入管の医療的対応の問題点や、担当職員の「人権意識に欠ける」発言を明らかにしました。自ら「最終」と冠するあたりに問題の幕引きを図ろうとする入管庁の意図が見えるように感じますが、編集された映像と黒塗りの文書だけでは、「最終報告書」が問題点を十分に網羅しているか検証ができません。衰弱した女性がカフェオレを鼻から噴き出してしまった姿を見て「鼻から牛乳や」とからかったという職員の言動は、確かに「人権意識に欠ける」と表現されて余りあるものです。しかし、これが最もひどい発言だったのか、それとも、これでもまだマシな方だったのかは分かりません。

 DV被害からの助けを求めて交番に駆け込んだ女性がそのまま収容され、わずか半年余り後に衰弱死してしまったというのは、あまりにも異常なできごとです。事件の謎は全面的に明らかにされ、二度と同じことが繰り返されないようにされなければなりません。そのためにも、女性が収容されていた部屋の映像や看守の勤務日誌、面会簿などの文書類が十分に開示される必要があると強く感じます。

(事務局 中河)